「個人事業」を選択すれば「株式会社」として事業を行う場合と比べて、手続きや事務作業をラクに済ませつつ、自由度の高い働き方を実現できます。ただし、条件によっては税金が高くなるなどのデメリットもあるため、自分に合った選択を見極めることが大切です。
目次
個人事業と株式会社の違い
事業を始める際には、その事業を「個人事業」として行うか、「株式会社」を設立して行うかという、大きく分けて2つの選択肢があります。個人事業として開業したのち、株式会社を設立するというケースも多く、これを一般的に「法人化」と呼びます。
個人事業とは?
個人事業とは、会社などに所属しない「個人」によって行われる事業のことです。従業員がいても、会社などを設立していない場合は個人事業に分類されます。個人商店の店主や、フリーランスで働く人など、個人事業を営む人を「個人事業主」と呼びます。
株式会社とは?
株式会社とは、事業に出資をした「株主」によって運営される会社のことです。原則的には、株主によって選任された「取締役」が実際の運営を行い、その代表が「代表取締役=社長」になります。事業の規模が小さい場合は、株主が1人だけ(つまり「株主=社長」の状態)でも問題ありません。
個人事業を選択する主なメリットとデメリット
メリット | デメリット |
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個人事業を選択するメリット
個人事業を選択すると、株式会社を設立する場合と比較して、主に以下のようなメリットがあります。
- 事業の開始、諸業務がカンタン
- 開業、運営のコストが低い
- 儲けを自由に使える
それぞれのメリットについて、以下で詳しく説明します。
事業の開始や諸業務がカンタン – 個人事業のメリット
個人事業の場合、株式会社と比べると、開業の手続きや運営上の諸業務をカンタンに済ませることができます。作業にかかる時間や人員などを抑えられるため「事業の本筋以外に時間をかけたくない人」や「業務をひとりで完結させたい人」などには個人事業がおすすめです。
開始時の手続き
個人事業を開業する場合、とくに許認可がいらない業種であれば、必要になるのは「開業届」などの提出のみ。対して、株式会社の設立には「定款」と呼ばれる会社の規約の作成や、「登記」と呼ばれる法的な登録手続きなどが必要になります。事業のスタートは、個人事業のほうが圧倒的にカンタンです。
運営時の諸業務
個人事業の場合、株式会社ほど会計業務が複雑ではありません。会計ソフトなどを活用すれば、ひとりでも完結することができます。また、従業員が少なければ、社会保険に関わる業務なども必須ではありません。
対して、株式会社の場合は複雑な会計処理や社会保険の手続きなどのため、社内に専任の担当者を置くか、外部に依頼するのが一般的です。株式会社向けの会計ソフトなどもありますが、個人事業ほど簡単ではありません。個人事業と比べると、様々な業務に時間や人手が必要になります。
開業・運営のコストが低い – 個人事業のメリット
個人事業の場合、株式会社と比べると、開業・運営にかかるお金や税金などを大幅に抑えられる可能性があります。低予算でスタートすることもできるため、「大きな出資を必要としない人」や「どれほど儲かるかまだ分からない人」などには個人事業がおすすめです。
開業に関わるコスト
個人事業の場合、特別な許認可が必要な業種を除いて、基本的には開業費用ゼロで事業をスタートできます。対して、株式会社の設立には「定款」や「登記」などの手数料として、最低でも20万円程度の費用がかかります。
また、株式会社の場合は、事業の基礎となる「資本金」を用意する必要があります。「資本金」は1円以上の好きな金額を設定できますが、対外的な信用などを考えると、あまり少ない額はおすすめできません。少なくとも、初期費用をカバーできる程度は用意しておくのがベターです。
運営に関わるコスト
基本的に所得が低いうちは、個人事業のほうが、株式会社よりも税金を少なく抑えられます。所得が増えるとこの関係は逆転しますが、おおよそ500万円以下の所得であれば、個人事業のほうが節税できる可能性が高いです。なお、金額の目安は条件によって変わります。
また、株式会社の場合は、従業員の社会保険料の一部を負担しなくてはなりません。対して、個人事業の場合、従業員が4人以下であれば基本的にその義務はありません。個人事業であれば、そのぶんのコストを抑えられます。
さらに、会計ソフトや税理士などの料金も、個人事業のほうが安く設定されている場合が多いです。個人事業のメリットを活かしてお得にサービスを利用し、作業面のコストも削減することができるというわけです。
儲けを自由に使える – 個人事業のメリット
個人事業の場合、事業で得た儲けは、基本的にすべて事業主のものとなります。その儲けを事業のために使うも、プライベートで使うも、事業主の自由です。株式会社の場合は、たとえ社長であっても、会社の儲けを自由に使うことはできません。
株式会社の場合、法律に則った「会社」という存在である以上、その他にも不自由を感じる場面がでてくるかもしれません。そのため、「儲けたお金を自由に使いたい人」や「面倒な規則に縛られたくない人」などには個人事業がおすすめです。
株式会社の儲けは会社のお金
株式会社の事業で儲けたお金は、すべて「会社のお金」になります。たとえ社長であっても、「役員報酬」として受け取るまで、そのお金を自由に使うことはできません。
役員報酬の金額は、原則として年に一度しか変更できません。これは、所得課税を減らす目的で役員報酬を増やすことを防ぐためのルールです。こういった制約のために、株式会社の場合、金銭面に関しては個人事業ほど自由がきかない場面も出てきます。
個人事業を選択するデメリット
個人事業を選択した場合、株式会社と比較すると、以下のような点がデメリットになります。
- 一定以上の所得では税負担が重くなる
- 負債に対して無限責任を負う
- 対外的な信用度が低い
それぞれのデメリットに関して、以下で詳しく説明します。
一定以上の所得では税負担が重くなる – 個人事業のデメリット
個人事業と比べると、株式会社のほうが支払う税金の種類は多いです。しかし、会社の場合は、所得が増えても税率の上がり方は緩やかです。状況によりますが、事業所得がおおよそ500万円を超えるあたりから、個人事業のほうがトータルの税負担が重くなる場合があります。
とはいえ、事業の規模が小さいうちは、個人事業のほうが節税面に限らず多くのメリットを得られます。個人事業としてスタートしたのち、収益が安定してきてから「法人化」を検討しましょう。
負債に対して無限責任を負う – 個人事業のデメリット
株式会社の場合、会社が倒産した時など、基本的に出資者は出資金の金額を上限として負債に対する責任を負います。このしくみを「有限責任」といいます。つまり株式会社の場合、倒産しても会社のお金がなくなるだけで、原則的に個人の財産にまでは影響が及びません。
対して個人事業の場合は、事業主が負債の全てに責任を負います。このしくみを「無限責任」といいます。個人事業では、事業の儲けを自由に使えるぶん、その負債に関しても、プライベートと区別なく弁済の義務を負うことになるのです。
株式会社の社長は必ずしも有限責任ではない
株式会社の場合でも、中小企業が銀行などから融資を受けようとすると、社長個人の連帯保証を求められるケースが多いです。この場合、社長は事実上の無限責任を負う形になります。株式会社を選択しても、必ずしも負債のリスクを回避できるわけではありません。
対外的な信用度が低い – 個人事業のデメリット
個人事業の場合、株式会社と比べて対外的な信用を得づらいです。金融機関からまとまった融資を受ける際や、規模の大きな企業と取引する際などは、信用度の低さがデメリットになります。
大きな企業との取引を視野に入れている場合に加え、事業資金や従業員などを効率よく集めたいと考えている場合は、株式会社の設立をおすすめします。
個人事業と株式会社の比較
個人事業は、株式会社と比較すると、低コストで始められるうえ自由度が高いというメリットがあります。しかし一方で、所得に応じて増える税負担や、負債に対するリスクの高さ、対外的な信用度の低さなどがデメリットだと言えます。
個人事業 | 株式会社 | |
---|---|---|
開業の手続き | カンタン | 面倒 |
開業の手数料 | かからない(※) | 面倒 |
会計業務 | カンタン | 面倒 |
節税メリット | ・所得が低いとき → ○ ・所得が高いとき → ✕ |
・所得が低いとき → ✕ ・所得が高いとき → ○ |
負債の責任 | 無限責任 | 有限責任 |
対外的な信用度 | 低い | 高い |
※業種によっては許認可を得るのに手数料がかかる
個人事業を選択したほうがいい人
個人事業と株式会社、それぞれのメリット・デメリットを踏まえた上で、以下のような人には個人事業の選択をおすすめします。
- 低コストで事業をスタートしたい人
- 事業の収益がまだあまり見込めない人
- 株式会社などの公的なルールに縛られたくない人
これから事業を始めようとする大部分の人には、ひとまず個人事業を選択することをおすすめします。はじめから相当の収益を見込める場合や、早期の事業拡大を明確に見据えている場合などを除けば、基本的に個人事業を選択して間違いはありません。
株式会社を選択したほうがいい人
大部分の人にはひとまず個人事業で開業することをおすすめしますが、以下のような人は株式会社を選択したほうがいいです。
- 一定以上の所得が見込まれる人(おおよそ500万円以上)
- 事業の拡大に向けて、大きな資金調達が必要な人
- 対外的に高い信用度を得たい人
また、個人事業を行っていく中で上記のような条件にあてはまった場合は、個人事業から株式会社などに移行する「法人化」を検討しましょう。