近年、インターネットの普及や発達も相まって、個人事業を始めるハードルが下がっています。「いつか個人事業を始めてみたいけれど、仕組みが難しくてよくわからない」「個人事業と株式会社って何が違うの?」といった疑問を解消すべく、個人事業と株式会社の違いを解説します。
そもそも個人事業とは
はじめに、個人事業の定義について説明します。一言で言うと、株式会社などの法人を設立せず、個人で経営している事業のことです。
一般的には、事業主本人が一人で経営していたり、家族経営あるいは少人数の従業員のみで経営しているなどの、小規模経営のパターンが多いです。しかし、収入や従業員の人数に規定はないので、大規模で経営することも可能です。
個人事業と株式会社の主な違い
まずは前提として、事業を営む上での、個人事業と株式会社についての大きな違いを説明します。個人事業の場合は、事業主個人が事業経営を行います。一方で、株式会社の場合は、法律上、経営者個人とは別の「法人」という人格が、事業経営を行うという扱いとなります。
細かな違いはたくさんありますが、その中でも代表的なものについて、これから解説します。
個人事業と株式会社の違いのまとめ
個人事業 | 株式会社 | |
---|---|---|
開業・設立手続き | 簡単・無料 | 複雑・高額(25万前後) |
ランニングコスト | 負担小 | 負担大 |
経営者給与 | 収入-経費 | 経費扱い |
確定申告 | 毎年2月16日から3月15日の間に申告 | 会社で決めた決算月の以後2ヶ月以内に申告 |
株式発行の権利 | なし | あり |
赤字の繰越可能年数 | 最長3年 | 最長9年 |
経費計上できる項目 | 少ない | 多い(経営者所得・生命保険・家族従業員分給与など含む) |
健康保険・年金 | 国民年金・国民健康保険 | 厚生年金保険・健康保険 |
廃業手続き | 簡単・無料 | 複雑・高額(最低でも7.4万円程度) |
開業・設立手続き
一般的に、起業の方法は大きく分けて2種類あります。個人事業を開業する方法と、法人(株式会社・合同会社など)を設立する方法です。
個人事業の開業は、開業届を出すだけで無料です。一方で、株式会社などの法人の設立は、定款や登記が必要なので、時間もお金もかかります。
個人事業と株式会社の開業費用・必要日数の比較
個人事業 | 株式会社 | |
---|---|---|
費用 | 無料 | 25万~30万円 (含む司法書士への報酬) |
必要日数 | 1日 | 最短1週間 |
ランニングコスト
個人事業の場合は、赤字の場合は税金はかかりません。
一方、株式会社などの法人の場合、何もしてなくても毎年法人住民税が7万円かかります。また、各種民間サービス(税理士の依頼費用・クラウド会計ソフト年間費など)も、個人向けより法人向けの方が、料金が高く設定されています。
経営者給与の扱い
経営者給与に関して、個人事業と株式会社などの法人で扱いが異なります。ここではわかりやすく説明するために、お財布の例を出しましょう。
個人事業の場合
個人事業の場合、お財布は1つで、これは事業主個人のものです。このお財布に入って来るお金が収入、出ていくお金が経費と税金です。
収入から経費を差し引いた金額が利益となります。この利益を事業所得と呼び、これは事業主の取り分となります。事業主は、事業所得に応じた税率で、所得税を支払います。
株式会社などの法人の場合
一方で、株式会社などの法人の場合、お財布は2つあると考えます。1つは経営者個人のお財布、もう1つは「法人」という人格が持つお財布です。
「法人」のお財布に入ってくるお金が収入、出ていくお金が経費と税金です。ここで重要なことは、株式会社の経営者の給料は、役員報酬という名で経費に含まれるということです。これらの経費を、収入から差し引いた分が会社の所得となり、これを法人所得と呼びます。そして「法人」のお財布から、法人所得に応じた税率で、法人税を支払います。
一方、経営者個人のお財布には、「法人」のお財布から支払われた給料が入ります。経営者は自分のお財布から、給料、つまり所得に応じた税率の所得税を支払います。
なお、上述の所得税と法人税について、税率は以下の表の通りです。
所得税の税率
課税所得金額 | 税率 | 控除額(円) |
---|---|---|
195万円以下 | 5% | 0 |
195万円超330万円以下 | 10% | 97,500 |
330万円超695万円以下 | 20% | 427,500 |
695万円超900万円以下 | 23% | 636,000 |
900万円超1,800万円以下 | 33% | 1,536,000 |
1,800万円超4,000万円以下 | 40% | 2,796,000 |
4,000万円超 | 45% | 4,796,000 |
法人税の税率
中小法人の場合 | 中小以外の法人(大企業など) | |
---|---|---|
会社の年間所得 800万円以下分 19% |
会社の年間所得 800万円超過分 23.2% |
一律23.2% |
会計年度と確定申告について
個人事業の場合、会計期間は、1月1日から12月31日です。確定申告の期限は、毎年2月16日から3月15日です。(土日祝に該当の場合、翌平日に繰越)
株式会社の場合、会社が独自で事業年度を決めることができ、事業年度の区切りの最終月を決算月と呼びます。多くの株式会社では、4月1日から3月31日を採用していますが、規定はありません。確定申告の期限については、決算月以後の2ヶ月以内です。
株式発行の権利の有無
個人事業の場合、株式を発行する権利がありません。株式会社は、株式を発行して、その株を購入してもらうことで資本金を増やすことができます。また、株式による資金に関しては、返済義務がありません。そのため、株式会社のほうが資金調達がしやすくなっています。
赤字の繰越可能年数の長さ
赤字の繰越可能年数も異なります。個人事業は最長3年まで、株式会社は最長9年までとなっています。
経費の範囲
経費に認められる範囲は、個人事業よりも法人の方が広いです。例えば、経営者給与や保険料などは、法人のみ経費計上を認められています。
しかし、個人事業は、交際費に関しては上限がありません。この点に関しては法人より自由度が高いと言えるでしょう。
廃業手続き
個人事業の場合、廃業するときは廃業届(無料)を税務署と都道府県税事務所に提出するだけで簡単です。一方法人の場合、登記などの様々な手続きが必要で、お金も最低で7.4万円程度かかります。
個人事業の主なメリット・デメリット
節税の観点から見ると、所得が少ないほど個人事業の方がメリットは大きくなり、所得が増えるほど法人の方がメリットは大きくなります。事業所得により変わってくるので、一概にどちらがお得とは言い切ることができませんが、一般的には、利益が400万円から800万円以上ならば法人化した方がいい、と言われることが多いです。
では、個人事業を株式会社と比較したときの、節税以外の観点から見た、個人事業のメリットとデメリットについて、代表的なものをお伝えします。
個人事業のメリット
開業や廃業の手続きが簡単・無料
個人事業の開業申請方法は、開業届を税務署へ提出するだけです。簡単かつ短時間で終わり、申請費用もかかりません。また、廃業も同様、無料かつ簡単に廃業を行うことができます。
ランニングコストを抑えられる
個人事業であれば、法人税を支払う必要がないので、赤字の場合は税金を払う必要がありません。また、税理士費用などの各種民間サービスの代金も、法人に比べて低価格で済ませることが可能です。
税務や経理が簡単
個人事業は、株式会社などの法人と比べて、確定申告が比較的簡単です。税理士に頼む場合でも、簡単な分費用が安く済みます。
個人事業のデメリット
社会的な信用度やイメージは法人に劣る
信用度はやはり法人に劣ります。銀行からの融資が受けにくい、取引先の幅が狭まるなどの弊害があります。
経費計上できる項目が少ない
例えば法人では、生命保険や退職金、住宅などを経費計上できます。しかし個人事業の場合は経費計上できません。ただし交際費に関しては、個人事業は全額経費扱いです。(法人では制限があります)
株式による融資を受けられない
株式を使って融資を集めることができないので、資金繰りに苦しみやすくなったり、まとまった資本金が必要な大型事業にはチャレンジしにくくなる傾向にあります。
赤字の繰越可能年数が短い
個人事業の赤字繰越可能年数は3年であり、法人の3分の1です。利益が出るまで時間のかかる、長期計画の事業には着手しにくくなります。
事業責任は事業主個人に及ぶ
株式会社における、株主としての責任は、有限(出資範囲内の)責任です。一方で個人事業主は無限責任なので、倒産時には、債務の返済対象に個人財産も入ってきます。
株式会社と比較した個人事業のメリット・デメリットまとめ
個人事業のメリット | 個人事業のデメリット |
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節税できるのはどっち?
事業規模や売上が小規模であったり、不安定なのであれば、個人事業のままがいいでしょう。売上が上がってきて、事業が安定してきたら法人化する、というのが一般的です。
とはいっても、事業内容や規模によって節税具合は様々なので、「所得〇〇万円以上は法人化した方がお得」という線引きはありません。
参考に、例えば経営者の課税所得が700万円の場合、個人事業だと所得税が23%かかります。法人であれば、法人税19%と、自らの役員報酬分の所得税です。
逆に300万円であれば、個人事業の場合は所得税が10%、法人の場合は法人税19%と自らの役員報酬分の所得税がかかります。
いずれにしても、利益が400万円から800万以上かつ、比較的事業が安定しているのであれば、法人化を検討してみてはいかがでしょうか。